もし自分が死んだとしても、社会は平常運転でまわっていく

ども。うしらく(@ushiraku)です。ぼっちでも、そこそこ好きに生きてます。

ぼくは基本、ネガティブというか後ろ向きな考え方をします。そういう思考癖なんです。

そして、ぼくの思考癖の中で一番後ろ向きなのが「もし自分が死んだとしても、社会はいつも通り回っていくよな」という考え方。

サラリーマンが会社辞めても会社はそれまで通り回っていくような、なんかそんな感じに近いです。

今は死にたいとは思わない。でも、思い詰めてたときはまさに「別に自分が死んでも…」と思ってた

ぼくは今、死にたいとは思ってません。というか、寿命を全うするまで元気に生きていきたいです。命を救っていただいた身ですし。

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毎日が幸せとはいえないまでも、ご飯は美味しく食べれてるし、周りにはぼくを心配してくれる人がいる。かなり恵まれた環境で過ごさせてもらえてるよなと、感謝の気持ちでいっぱいです。

最悪に思い詰めてた時、「ぼくが死んだって社会に1ミリも影響を与えないだろ」と思ってた

話を少し遡ります。

2016年の夏。当時の恋人にフラレて不幸のどん底にいたときは、「ぼくが死んでも誰も悲しまない。ていうか、いないほうがいいんじゃないか」と思ってました。

ぼくが死んでも社会には1ミリも影響を与えない。

バスも電車もいつも通り走るし、コンビニやスーパーだっていつも通り営業してる。悲しんでくれる人はいるだろうけど、時間が経てば自分の存在は薄れていくだろう。そう考えていました。

ぼくの人生観は、半年間の入院生活でガラリと変わった。「生きよう」と思えるようになった。

崖から飛び降りて大怪我をし、入院をしたのが2016年の7月。ケガの治療のため、そこから半年間も入院しました。

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入院当初は「これからどうやって生きてくかな…てか、生きてていいことあるんかな…?」と葛藤する毎日を過ごしていたのですが、日が経つにつれ少しずつ考え方が変わっていくようになりました。

そのきっかけをくれたのは、同じ病棟に入院しているおじいちゃん・おばあちゃん達でした。

30歳で死のうとしたぼく。100歳まで生きたいと願うおばあちゃん

ぼくが入院してたのはリハビリ病院の回復期病棟。骨折など、ケガした人たちがリハビリをする病院でした。

入院患者の年齢はバラつきはあるものの、基本的に高齢者が多かったです。夜中に転倒して骨折したとか、もともと他の病気を患ってたとかで。

で、そんな中でぼくに気付きを与えてくれたのは、95歳のおばあちゃんでした。

このおばあちゃんは認知症を患っていて、自分が今どこに居て、なにをしてるのかが分からないようでした。入院してることも自分の病室も。

夕食後は必ず「わたしは何で入院してるの?家に帰らせて!」と叫んでましたから。

でも、ふとしたときに「長生きしたいねぇ…」と、おばあちゃんは本音を漏らした

ある日、お昼のリハビリの時。このおばあちゃんと同じタイミングで、休憩室に居合わせたときのこと。

「わたしはもう95歳になるけど、100歳まで生きたいねぇ…。家族には迷惑かけるけど。」と、おばあちゃんが呟いたのです。ぼくはこのひと言を聞いて、もの凄い衝撃を受けました。

30歳にして死のうとしたぼく。95歳にして長生きしたいと思うおばあちゃん。

なんかこう、うまく言葉には出来ないけれど、「命を粗末にしちゃいかんなぁ…命ある限り、しみったれでも生きていこう…。」と思い直しました。

まとめ:オワコンな人生でも、生きてりゃなんとかなるかもしれない

飛び降りでの自殺未遂から半年が過ぎた今。

ぼくはこれから先、ブログを通して「オワコンな人生でも、生きてりゃなんとかなる」を証明していきます。

具体的な策はまだ何も決まってないんですけど、人との繋がりとか、やりがいとか。なんかこう生きてく上で大切なものを、ブログで作っていきたいんですよね。

「こんなぼくでも、何とか生きてられてるよ」って、ほんの少しでも勇気や希望を与えられたらな、と。

そのためにも、今日も一日生きていきます。