世の中金じゃない、人だ。金は時として燃えるゴミにしかならない

ども。うしらく(@ushiraku)です。ぼっちだけど生きてます!

世の中金じゃない」と聞くと、あなたはどういう反応をしますか?

結構な割合で「んなもん、綺麗事だ!金持ちだから言えるんだ!」と思う人が多いのではないでしょうか。事実、わたし自身そう思ってたので。

ただ、生死にかかわる状況に陥ったときに手を差し伸べてくれるのは、お金ではなく人です。これは間違いない。なぜなら、わたしが身をもって体感したことだから。

大ケガで身動きがとれないとき、救急車を呼んでくれるのはお金じゃなく人なんですよ。

死に損なったわたしを助けてくれたのは、お金じゃなくて人だった

わたしは今年の7月、崖から飛び降りて自殺を図りました。結果として致命傷には至らなかったものの、全身大ケガをして身動きがとれない状態に。

自分で死を望み、失敗して大ケガ。自業自得です。側から見たら完全に死にぞこなった迷惑なやつですよね。

でも、そんなわたしを救ってくれたのは、たまたま通りかかったおじいちゃんでした。心配して声をかけてくれ、救急車まで呼んでいただきました。

この時、わたしの手元にいくらお金があっても、おじいちゃんに発見されていなければ確実に死んでいたことでしょう。おじいちゃんは命の恩人で、感謝の気持ちしかありません。

もし、病院が診察拒否をしてたら、お金があっても死んでたよな

救急車に乗ったわたしは、最寄りの病院に運ばれ、治療を受けました。ただ、今振り返ってみると「もし、この時診療拒否されてたら、お金があっても死んでたよな」と考えてしまいます。

だって、病院側としては他にも優先して治すべき患者がいるわけで。そんな中に自業自得の大ケガをした死に損ないが運ばれてきたら、迷惑でしかないですよね。「好き好んでケガしたんだろ?」と言われたら返す言葉がないのですから。

たとえ大金を積んだとしても「お前なんて治してやんねー」と言われたら、お金はゴミでしかなく、そのまま死ぬしかないのです

村八分にされたら、お金があっても生きていけなくなる

話を少し変えましょう。あなたは、「村八分」という言葉を知っているでしょうか?

 

村八分:村のおきてを破った村人を、他の村人が申し合わせて、のけものにすること。転じて、一般に仲間はずれにすること。

 

村八分の意味をググってみると、上記のような内容でした。つまり、つまはじきにし、生活しにくくするといった意味合いになります。

「村八分って昔の遺物でしょ?」って思われるかもですが、一部の集落では今も実際にあっているようです。

 

村八分は都市伝説だと思われている方も多いようですが、それはとんでもない思い込みです。実際に南馬宿村では毎月数件の村八分が発生しています。南馬宿村に住む以上は濃密な人間関係を避けることは絶対にできません。 引用:南馬宿村役場

 

もし、この村八分が極端に発展して「うしらくには何も売るな」というルールを作ったらどうなるでしょうか。

わたしは村で何も買えなくなります。食料や衣類もそうだし、ネットや電気・水道などのライフラインもストップされたら、とてもじゃないけど生きてけません。

ここでもまた、手元にあるお金はゴミと化してしまいます

twitterでの吊るし上げ=村八分の文化

twitterでの吊るし上げは、村八分の文化に限りなく近いと思います。人を弾き出すという点では、ほぼ一緒。

で、例えばわたしが社会的なミスをしたとすると、瞬く間にtwitterは炎上し、吊るし上げにあうでしょう。

もしかしたら、twitterアカウントや顔写真だけでなく、本名やら住所なんかも晒されるかもしれません。そして、この状態で「うしらくには何も売るな」というルールにみんなが賛同した場合、現代版の村八分が完成するのです。

出かけた先では何も買えないどころか、石を投げつけられたり蔑まれた目で見られることでしょう。

こんなんじゃ、お金を持ってても生きた心地なんてしませんよね

わたしの荒んだ心は、お金ではなく「人のあたたかさ」によって救われた

村八分うんぬんの話は、実現性としてはかなり低いですが、まぁそういうこともあるかもねと思ってしまいます。やっぱり、周りに人がいなければお金なんて意味をなさないんですよ。

わたしは、今回の大ケガで4ヶ月以上の入院生活を送っています。で、入院中の荒んだわたしを救ってくれたのは、お金ではなく「人のあたたかさ」なんですよね。

友だちや仲間に入院の真相を告げたとき、非難されるどころか、心配の声やあたたかな言葉をかけてもらえたのがとても嬉しかった。感謝の気持ちでいっぱいです。

大金を持ってても孤独なやつはマジでつらい

手元に大金を持っていたとしても、大ケガした時に誰1人として心配してくれる人がいない場合、精神的にかなりつらいだろうなと思います。

もしくは、声をかけてくる人がいたとしても、お金目当ての人たちばかりだったらつらい。遺産とか相続とかの奪い合いってあるでしょ。実際、病院で目にしましたよ。

うしらくまとめ

「お金がなくても生きてける」とは言いません。生きてるだけでお金はかかるし、お金があるに越したことはない。わたし自身、お金を稼げるようになりたいと思ってるし。

ただ、「お金を手にした先に何があるのか。何をするのか。」は考えておく必要があります。お金の使い道は人それぞれ違うので正解はないけれど、お金さえ持ってれば安心という考え方は危険なので。

人ひとりでできることなんて本当にちっぽけで、しょうもないことばかりです。そして、困った時に助け合えるのはお金ではなく、人同士でしかない。

あなたが道端で倒れたとき、救急車を呼んでくれるのはお金じゃなくて人なんですよ

あなたの不安をサクッと解決するLINE@

母の不倫がきっかけで家庭崩壊 → 過労により躁うつ病になる → その躁うつ病のせいで恋人にふられ、自殺未遂。つらい人生をのりこえてきたぼくだからこそ、今しんどいあなたに伝えたいことがある。ズバッと本音で答える「お悩み相談」もやってるよ!