「人に相談する」ってわりとハードル高いと思うの。相手の時間を奪っちゃうから

ども。うしらく(@ushiraku)です。ぼっちでも、そこそこ好きに生きてます。

ぼくは「人を頼る」ってわりとハードル高いなと思いながら、毎日を過ごしています。

なぜか?

それは「こんなしょうもない事を相談して、相手に嫌われないだろうか」と思ってしまうから。

自分の悩みを誰かに相談するのは、同時に聞いてくれる人の時間を奪うことになってしまいます。

大人になると大半の人が働いているし、仕事してない人でも家事や趣味の時間ってありますよね。

それらの貴重な時間を、ぼくが奪ってしまっていいのだろうかと考えると、相談する前に「やっぱやめとこ…」となってしまう。

相手のことを想ってるというよりも、ただ単に自分が嫌われたくないだけという結論ではあるのですが。こういう風に思うの、ぼくだけなのかしら…。

人に相談する=相手の時間を奪う

冒頭でも書きましたが、自分の悩みを聞いてもらうのは、相手の時間を奪うことになります。それがたとえ10分でも、1時間でも。

大人になるとみんな何かしらの仕事をしてるし、ぼくの世代では既婚者が大半です。仕事してない人でも趣味や家事に時間を使うしね。

で、そんな貴重な時間をぼくが奪ってしまっていいのだろうかと、考えてしまうわけです。

もちろん、緊急な悩みだとそこまで深く考えないんですが、わりと軽度な悩みの場合、相談すべきかどうか迷ってしまう。

結果、小さなモヤモヤが腹のあたりに溜まった毎日を過ごすことになる。

簡単に言うと抑圧に近いのかもしれません。

人に相談する「基準」が分からない

こうやって考えあぐねていると、人に相談する「基準」って難しいなと思います。

どのレベルの悩みなら相談していいのか、逆に自分で解決すべきか。

重すぎる悩みは相手を潰してしまうかもしれないし、軽すぎる悩みはムダに時間を奪ってしまう。

あまり相談しすぎると人への依存になってしまうし、判断が難しいところです。

創作でストレス発散できればいいが「やりたくない期」は創作自体がしんどい

ぼくはブログを書いて、自己表現をしています。ブログはぼくにとって、創作の一種。

調子がいいときは「うぉー!ブログ楽しいぜー!悩みなんて知らないぜッ☆」ってスラスラ文章書いてストレス発散できるものの、創作意欲が低下すると、ただただ「しんどさ」しか残りません。

事実、ぼくはここ数日ブログ書く気が失せ、ダラダラと毎日を消耗していました。

ネットサーフィンの波におぼれる

とりあえず何か情報収集してインプットせねばとネットを開くも、なんかこう入ってこない。

Twitterもネットニュースも、見てて楽しくないというか、余計に虚しさが湧き出てくるというか…。

結果、「みんな普通に発信できてていいよな。おらはどうにも意欲が出ねぇだ…」と気持ちが萎え、またムダな悩みが増えるという悪循環に。

自分で自分が嫌になるぜw

悩みを紙に書き出す?でも、あんま効果ないよ?

悩みを解決する手段のひとつに紙に書き出すという方法があるかと思います。よく、心理学の本でも書かれてるし。

ぼくもかつてはこの手法を取り入れてましたが、どうにも効果を感じられないんですよねー。頭の中だけで悩んでいるよりは幾分マシにはなるけれど、なんかコレジャナイ感がある。

やっぱ、人に悩みを聞いてもらうのとは全然違うなと思います。

紙に書き出した悩みが多すぎて、余計に落ち込むパターンに陥る。

でも、人の時間を奪いたくないので気軽に相談できない

で、ここでまた話の冒頭に戻るんです。

自分だけで悩みを解決するのがどうにも難しいけど、人に相談して相手の時間を奪うのは申し訳ない。だから気軽に相談できない。

なんか面倒くさいやつでスミマセンw

でも、ぼくの思考回路はずっとこんなループを繰り返してるんです。

なんでもかんでも人に相談するのは依存になってしまう。だから、程よく人を頼れるようなメンタルになりたいんだけど、どうすっぺかなーと悩む毎日です。

うしらくのまとめ

抱えている悩みを大きくする前に、誰か周りの人に相談した方がいい。それは分かります。

でも、自分のしょうもない悩み(?)のせいで相手の時間を奪ってしまうと考えると、一歩踏みとどまってしまうんですよねぇ。

親しい友人や仲間なら尚のこと。時間を奪うのは申し訳ないと思うし、嫌われたくない。

人に頼るのって難しいよ…。