うしらくのプロフィール

うしらく(@ushiraku)です。どもー!

このページは、ぼくのプロフィールページとなっています。

  • ぼくの生い立ち
  • ぼくがブログにかける想い
  • ぼくが読者さんに伝えたいこと

などを全てぶっちゃけるので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです!

うしらくの現在

ぼくは生まれも育ちも、福岡県北九州市です。現在も、修羅の国に住んでいます(笑)。

ブログ歴は約2年で、当ブログは毎月9万5千回くらい読まれています。

また、双極性障害を患いながらも一人暮らしをしていて、障害オープンで就労中。

当ブログ『うしらく』を通して、

「精神障害をオープンにして、ポジティブに生きるためのコツ」

を発信しています。

うしらくの生い立ち

後田一樹(うしらく)

1985年11月10日生まれ。さそり座。血液型はO型。

神経質なような大雑把なような、そんな性格です(笑)。

ぼくはクソみたいな家庭で生まれ育った

ぼくの人生にとって一番衝撃的で、かつ最悪な出来事がありました。

それは、ぼくが8才の頃に「母が不倫」したこと。

この一件がきっかけで、うしらく家は家庭内崩壊。

父親は酒に走り、弟は引きこもりに。

そして、ぼくは喘息で寝込むことが多くなりました

母親から借金をふっかけられ、弟からは首を絞められた

ぼくが20才になった頃、両親が離婚して、母・ぼく・弟の3人で暮らすことになりました。

当初はわりと順調にいっていたのだけど、それも長くは続かなかった。

  • 母が「ぼく名義」で借金をしたことが発覚
  • 母と弟との口論を止めに入ったら、ぼくが弟から暴行を受けた

なんかこう、ぼくは家族から色々と悲惨な目にあわされました。

で、その時こう思ったんですよねー。

うしらく
こいつらと一緒にいると、ぼくは壊される。こうなったらもう、一人暮らしするしかねぇ!

手元にあった少ないお金を頼りに、ぼくは家を飛び出して一人暮らしを始めました。

2012年9月末、ぼくが26才だったころの話。

福祉系NPO法人にて過労により「双極性障害(躁うつ病)」を発症

話は少し前後するのですが、ぼくは2011年8月に双極性障害を患いました

ブラック企業並みの労働を強いる、NPO法人での過労が原因でした。

以降は退職し、地獄のような毎日を過ごすことに。

  • 布団から出られない
  • 食べものの味がしない
  • 活字が読めない
  • バスや電車に乗ると吐きそうになる
  • 貯金(50万円)を散財

「うつ」も「躁」も味わったぼくは、

うしらく
もうこの病気と一生付き合っていかなきゃいけんのかな。死んだほうがマシや。

と、かなり絶望していました。

が、そんな病状も時間が経つとともに安定していき、現在は「寛解」しています。

うしらく
なんだかんだで、寛解までに3年近くかかったけどね。

精神障害をオープンにして書店で2年間働いた

過労で倒れたあの日以降、ぼくは今後働くとしたら「精神障害をオープンで働く」と決めていました。

給与が安くてもいいので、自分の病状コントロールを優先したかったから

運良くも、大好きな書店で働くことができ、

うしらく
おれの時代がきたなー!

と、少しずつ自分の人生に、自信がもてるようになっていきました

彼女ができて、ついにリア充になれた!

仕事も私生活も軌道に乗り出した頃、ぼくにとって大きな変化が起こりました。

それは、彼女が出来たこと。

ぼくが家を出てから、この時で既に3年近くが経っていました。

孤独には慣れたつもりでいたけど、やはり毎日寂しかった。

そんな矢先に出来た彼女は、ぼくにとって光り輝く存在でした。

うしらく
大げさに聞こえるかもだけど、マジな話やで。

しかし、そんな幸せな時間は長くは続かず、ぼくは奈落の底へ突き落とされることになります。

双極性障害(躁うつ病)をカミングアウトしたら一瞬でフラれた

彼女と付き合って1年が経った頃、ぼくは勇気を出して、とある決意をしました。

それは、ぼくの病気「双極性障害」をカミングアウトすること。

ずっと言えなかったんですよね、彼女に嫌われるのが怖かったから。

でも、これから先長く付き合う上では、ちゃんと伝えなければいけない。

そう決意して病気のカミングアウトに望んだのですが。

彼女は精神障害を受け入れてくれず、ぼくはものの見事にフラれてしまいました

元カノにフラれたのがショックすぎて自殺を決行した

勇気を出して望んだカミングアウトが、残酷にも失敗した。

で、元カノはぼくの前から去っていった。

周りを見渡すと、ぼくには家族がいない。友だちも少ない。頼れる知人もいない。

「ありのままの自分」が誰からも求められていないような気がして、ぼくは

うしらく
もう、この世から消えよう。

と思い詰めてしまいました。

で、次の日の夜に、地元の海水浴場にある崖の上から、飛び降り自殺

しかし、運悪く生き残ってしまい、誰もいない砂浜で一夜を過ごすことに。

額からは流血、鼻の骨も折れて鼻血が止まらず。

右手は手首から折れていて、右足に至ってはかかとの骨が「粉砕骨折」

全身擦り傷だらけの状態で、ぼくは

うしらく
あー、自殺にすら失敗したわ。このまま誰にも見つけられず、干からびて死ぬのかな。

ということを、ひたすら思っていました。

運良く助けていただき、半年間の入院生活を送ることになった

翌朝、たまたま砂浜を通りがかった方が発見してくださり、ぼくは一命を取りとめました。

そして、救急搬送され、ここから長~い入院生活を送ることに。

最初の3ヶ月は車イスで生活し、それから少しずつリハビリを重ね、どうにか二足歩行できるまで回復しました。

でも、飛び降りる前の体には戻らず、右手右足には後遺症が残っています

自分の精神障害や自殺未遂のことをブログに書いたら、海外テレビから取材をうけた

この一件があって以降、ぼくは「ありのままの自分」をブログにぶちまけることにしました。

うしらく
もう、人に嫌われてもいい!ぼくは自分の全てをブログに書く!

こう決意して自分の全てをブログに書いた結果、海外テレビから取材をうけることに。

ロシア人のクルー達と、あの日ぼくが飛び降りた崖まで行き、今の心境を語りまくりました。

うしらく
自分のつらい経験が、誰かの背中を押せるのかもしれないと思った出来事だったな。

精神障害をオープンにして生きることの気楽さを、ぼくはブログで伝え続ける

ぼくは、精神障害をオープンにすることで、良くも悪くも色んな体験をしました。

悪い面は、元カノからフラれて自殺未遂したこと。

良い面は、障害があっても「受け入れてくれる世界」がある現実を知れたこと。

どちらも経験したからこそ、精神障害をオープンで生きるほうが、自分にとってストレスフリーだなと感じています。

そして、これらの体験談をブログに書くことで、「今精神障害をオープンにするか迷っている人」の背中を押してあげたい

確かに、障害をオープンにするのは勇気がいること。

それでも、「ありのままの自分」を受け入れてくれる環境は、必ずあります

ぼくに出来ることは、そういった現実をブログで発信し続けることだと確信したので、これからも障害オープンで生きていきます。

精神障害をオープンにして、ストレスフリーに働くという生き方

ぼくは、これまで約2年半近く精神障害をオープンにして就労しています。

やはり、障害をオープンにすると、ストレスなく働けますね。

というのも、職場に障害や持病を隠し続けながら仕事するのは、かなりしんどいと思うんですよね。

  • 上司に障害を隠し続け
  • 同僚にも嘘をつき続き
  • 通院や服薬のことも言えない

こういう生き方って、とてつもなく嫌だと思いませんか?

ぼくは自分の障害を隠すことなく働けて、毎日がとても楽しいです!

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