うしらくのプロフィール

はじめまして、メンタルワーカーうしらく(@ushiraku)です。

当ページでは、うしらくの詳細プロフィールやブログに対しての想いについて書いています。

うしらくについて

1985年11月10日、4人家族の長男として生まれました。

子どもの頃から小児喘息で体が弱く、入退院を繰り返す日々を送っていました。

が、この時期の経験が『病気と上手く付き合って生きる』という、今の思想に繋がっています。

現在は、双極性障害を患いながらも家族からのサポートは一切受けずに、「障害者雇用+在宅ワーク」で働きながら生計を立てています

「メンタルワーカー」とは?

ぼくは今でこそ自立した生活を送れていますが、双極性障害を発症した当初は、自分の人生に全く希望を持てないでいました。

特に、躁とうつの波が激しくてしんどかったときは、もう二度と社会にでて働くことなど不可能だと思っていた

でも、病状に負担をかけずに仕事ができる「障害者雇用」という働き方や、自分の好きなことを活かせる「在宅ワーク」という働き方を知ることで、進路の選択肢が広がりました。

このような実体験をふまえて、メンタル疾患(Mental)でも色んな働き方(Work)ができるということを、もっと世に広めていきたいです。

そして、かつてのぼくのように社会復帰で困ってる人や、自分の得意なことを仕事に活かしたいと悩んでいる人にとって力になりたいと思っています。

うしらくの生い立ち

ぼくが今のように家族に頼らず一人で生きることに決めたのは、幼少期の歪んだ家庭環境が影響しています。

当時は家族を恨んでましたが、逆に「一人で生き抜く覚悟」が芽生えたようにも感じています。

母の不倫が原因で冷えきった家庭環境で育つ

ぼくが8才(小学2年生)の頃、母親の不倫が原因で、両親が「家庭内別居」をしました。

これ以降、両親のケンカは絶えることなく、ぼくは毎日ビクビクしながら暮らしていました。

そして、この一件が後々、両親の離婚に繋がります。

このような家庭で思春期を過ごしたぼくは、早く大人になって家族と縁を切りたいと思っていました。

不倫するやつがクズなのは「やられた側の気持ち」を考えないところにある!!

2016-09-22

社会人になって300万円近くのローン地獄に陥った

ぼくは工業高校を卒業後、地元の工場に入社しました。

この会社はガス製造業界の中ではトップシェアを誇っていて、いわゆる大手企業でした。

18才にして年収400万円超えという高待遇に満足したぼくは、調子にのって高い買い物ばかりしていました。

  • ドイツ車BMWのZ3
  • 250ccバイク
  • 高級ブランドスーツ
  • 10万円以上する古着

など。

見栄をはる為に、とにかくお金をバカスカ使っていた

しかし、これらは全て「ローン・リボ払い」で買いました。

そのため、計300万円くらいのローンの返済に追われる日々を過ごしました。

結局、完済までに5年近くかかりました……。

NPO法人にてホームレス支援の仕事に就く

24才になり、ホームレス支援をするNPO法人に入社しました。

このNPO法人では、様々な事情で路上生活をせざるを得なくなった人たちの「自立」を支援する仕事を担当していました。

  • 身寄りがない
  • 仕事ができない健康状態
  • 高齢者層

人によって抱えている問題は違うのですが、「頼れる人が周りにいない」という点では共通しています。

ぼくの担当業務は、路上生活者の生活相談(困りごとの解決・安否確認)などをしつつ、時によっては生活保護を申請するためのサポートなどをすることでした。

「ぼくでも他者の役に立てることがあるんだ!」という実感とともに、この仕事は自分にとって適職だとも感じていました。

しかし、このような希望は、とあることを機に粉々になってしまいます。

過労により双極性障害を発症

2011年8月の夏。ぼくの体に異変が起こりました。

  • 夜眠れない
  • 常に胃が痛い
  • 通勤のバスに乗れない
  • 時折ふと悲しくなる
  • キレイな景色を見ても何も感じない
  • 大好きなそぼろ弁当の味がしない

などなど。

原因は、連日にわたってのオーバーワーク

ホームレス支援の現場は支援を必要としている人がたくさんいるけれど、それに対応できる人材の数が足りていません。かなりの人手不足なんです。

ホームレス支援の仕事を続けたかったけど、主治医の意見により、やむなく退社。

それと同時に、この日からぼくの人生は絶望期に突入します。

母と弟との家族間トラブルに巻き込まれ、病状が悪化した

自宅でゆっくり療養生活をするつもりだったのですが、思わぬトラブルに巻き込まれました。

それは、母と弟との論争問題

ヒステリックな性格の母親と、発達障害のある弟とのケンカが毎日にように勃発し、ぼくはそれの仲裁をしなければならなくなったんです。

弟は感情の起伏が激しく、モノに八つ当たりする癖があります。壁を殴ったり電化製品を蹴飛ばしたりなど。

おかげで、家の中の壁・ふすまには無数の穴が空き、電化製品などもいくつか壊れました

このような揉め事に嫌気が差したぼくは、家を出て一人暮らしをすることを考え始めました。

そして、とある出来事を機に、ぼくは家を出ることになります。

母からの借金の肩代わり、弟からの暴行をうけ家を飛び出す

ぼくの母は、過去に「自己破産」をした経験があります。

そんな借金癖のある母が、ぼくを肩代わりにして新たな借金をしていたことが発覚しました。

また、モノに八つ当たりしていた弟が、ついに「人」に暴力をふるうことに。その対象は、ぼくでした。

弟を「傷害罪」で刑事告訴した話と、家族を法律で裁くまでの手順

2017-03-26

この2つの厄介事を機に、ぼくは家を出ることを決意。

なけなしのお金を手にボロアパートを借り、人生初の一人暮らし生活がスタートしました。

傷病手当金・失業給付金をもらいながら社会復帰をする

とはいえ、この当時は病状的に働ける状態ではありませんでした。

では、どうやって一人暮らしの生活費を得ていたのか?

答えは、傷病手当金と失業給付金です。

ぼくはNPO法人在職中に双極性障害を発症し退職したため、「傷病手当金」を受給していました。

受給期間は、約1年半くらいだったと記憶しています。

また、傷病手当金の受給期間が満期に達した後は、そのまま間を開けず「失業給付金」の受給を開始。

ぼくの場合は精神障害があるため、約1年間にわたって失業給付金を受給することができました。

なので、トータルで2年半ほど、ぼくは一切働かずに傷病手当金・失業給付金だけの収入で生活していたのです。

その後、障害厚生年金の受給もスタートし、ぼくの生活基盤はより安定しました。

そして、通院治療・カウンセリング治療を続けながら職業訓練校に入校し、少しずつ社会復帰をしていくことに。

双極性障害を発症してから3年後、障害者雇用枠での仕事に就くことができました

仕事もプライベートも絶好調!

障害者雇用枠で入社した先は、地元の大型書店。

ぼくは本が好きで、読書歴は10年以上あります。

なので、書店での仕事は、自分にとって適職でした。

また、プライベートでは彼女ができ、ついにリア充になれた。

仕事も恋も絶好調なこのとき、ぼくは「このままずっと時間が止まればいいのに」と思っていました

しかし、そんな穏やかな日常は、あっという間に崩れることになります。

彼女に双極性障害をカミングアウトしたら拒絶されたので自殺することにした

実はこのとき、ぼくは彼女に対して「嘘」をついていました。

それは、ぼくが双極性障害者であることを伏せていたこと。

自分のメンタル疾患を、彼女に知られたくなかったんです。嫌われるのが怖かったから。

でも、付き合って1年以上嘘を付き続けていることに限界を感じ、ついにぼくは双極性障害をカミングアウトすることにしました。

結果は、このカミングアウトを機に、ぼくは彼女にふられました

そして、ぼくはこの現実を受け止めきれず、ふられた翌日に崖から飛び降りて自殺を決行

しかし、全身大怪我をしたものの致命傷には至らず、無様にも生き残ってしまいました。

[自殺レポ]崖から飛び降りて自殺未遂。その末路をガチで書いてみる

2016-10-02

半年間の入院生活中、自分の生き方についてじっくり考え直した

右手右足の骨折、その他外傷を治療するため、約半年間の入院生活を送ることに。

この間、ぼくは車椅子で生活をしながら、毎日の手足のリハビリに明け暮れていました。

で、自分のボロボロの体を見ながら、今後の働き方についてじっくり考え直しました。

まず、右手右足のオペの影響で肉体労働は無理

おまけに、双極性障害のアップダウンがあるから、一般就労も無理

となると、やはり障害者雇用枠での就労と、オフィスワークの働き方が自分に合っている

このような思考から、ぼくは障害者雇用での就労を続けることにしました。

なぜ精神障害者が就職できないのか?! 当事者が3つの理由を考えてみた

2017-07-16

障害者雇用+在宅ワークで生計を立てる

病院を退院後、ぼくはリハビリを兼ねてB型作業所(就労継続支援B型)で働き始めました。

B型作業所は、短時間勤務・簡単な仕事というメリットはあるのですが、給与が安いというデメリットがあります。

日給1,000円 × 勤務日数 = 給与

給与は、上記の計算式で割り出されます。

金額でいうと、ぼくが手にできる収入としては「月15,000円」くらいでした。

これだと、障害年金と足しても生活できるレベルには達しません。お小遣いとしても寂しいレベル。

その後、A型作業所(就労継続支援A型)へと転職したのですが、こちらもそこまで給与が高くありませんでした。

最低賃金の時給 × 勤務日数 = 給与

ぼくの場合は不眠や頭痛が続くと欠勤しがちになるので、毎月の給与額は「50,000円」くらい。

高校生のバイトよりも安い賃金……。

空いた時間で自分の「得意」を活かす仕事を始めた

自分の生活を安定させるには、自分で稼ぐしかない。

このように考えたぼくは、空いた時間で在宅ワークをすることにしました。

ぼくが選んだ在宅ワークは、

  1. ブログ
  2. クラウドワークス
  3. メルカリ

の3つ。

ブログは少しずつ収益が出始めていたので、引き続き伸ばす努力をしました。

クラウドワークスでは、自分のライティング力と趣味(サブカル好き)を活かし、WEBライターとして活動。

メルカリは、自宅にある100冊以上の本やマンガを出品し、コツコツ収益を上げました。

平日は障害者雇用で働きながら、週末に在宅ワークをして稼ぐ

このやり方が、ぼくには合ってますね。

精神障害者にこそできる仕事! 在宅ワークであなたの得意を120%活かすためのコツとは

2018-05-15

メンタル疾患と新しい働き方を開拓したい!

ぼくの場合は、障害者雇用と在宅ワークを組み合わせた働き方が、自分に合ってると思ってます。

が、この世の中には、まだまだ色んな働き方をしている人がいる。

ぼく自身色んな働き方を知りたいし興味があるので、当ブログやYouTubeを通して、インタビュー記事の作成や対談放送などもしていきたいと思っています。

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